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寺の娘の名前

話は西の果ての長崎より 突然移るが
こちら
ブリックスクエア3
丸の内ブリックスクエア。

ここで、今年の5月。
やはり望郷の景色の一部である親友 なんぶうと会った。
なんぶうの紹介は こちら(←クリック
というか、某ホテルラウンジで アフタヌーンティーを楽しんだあと、
丸の内界隈を歩いて 私の一押しスポットということで
ここに立ち寄った。

ここで 父の話や家族のはなしをひとしきり聞いてもらったあと、
また 少し歩いた。

ブリックスクエア2

いくつかの交差点を過ぎ
横断歩道を早足でわたりながら
彼女の娘の 名前の話になった。

そこにいたる会話はまったく覚えてないのだけど、
彼女の娘の名前をつけたのは
ご主人 良明和尚であること。
その名前の 由来がとても チャーミングだったことだけが
ずっと 頭に残っている。
けれど チャーミングだったことだけが
残っているので あって それ自体が
なんだったかは うろ覚えだ。
それでも、丸の内を 旧友と闊歩し
日本の真ん中で 娘の誕生の由来を語った エピソードは
きっと その娘が 大成した後には
わたしの 自慢話になるだろうから
うそ八百でも並べて 書いてみる。

ブリックスクエア

その寺の娘の名前は「亜希」という。
亜は二番目という意味を持つ。希は希望。

どれほど慈愛の心が深くとも まずは一番は自分。
自分を愛し、自分を大切にするべく生きるのは自明の理。
「そこをあえて 自分以外のもの、
二番目の人のために 希望となりなさい。」

良明和尚が娘に託した思いである。
「まずは一番は自分で当たり前」
とうのが、潔くっていいじゃないか!
いきなり
「誰かのために 尽くせよ」
なーんて 言われたら かえって嘘っぽくなる。
むしろ、二番目のもののために というところに
「自分を大切に」という 本来の親の願いが
際立つところが 圧巻だと 私は思う。

そして、自分を満たしてなお あまりある エネルギーを
つぎは 惜しみなく あまねく ひとびとのために つくせよ

実に壮大な力を感じたのだった。

そして その 娘というのが
それを 期待させるような 娘なのだ。

まあ、そのようなことを 感動しながら
次のレストランにそなえて
お腹一杯になった 腹をすかせるために 
わたしたち ふたりは足早に歩いた。


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東京でも いま とっても熱い丸の内界隈で
その 話題が出たことの 因果はきっともっと先にわかる。




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