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父の十三回忌(2)

この父の法要はひと様にはともかく
私たち身内にとっては どんな文豪、映画監督がなす
ドラマよりも ドラマチックだった。
それくらい繊細な 心持ちに もどってしまっただけかもしれないけれど。

tera.jpg


二十一人がお寺の本堂にならぶ。
前列、母を中心に私たち姉妹が二人ずつに別れ、母を囲む。
あとは思い思いに。
子どもたちは一番上が25歳のたけおで 年少が小学3年生の愛ちゃん。
読経が始まり、住職の合図で焼香が始まる。
母から4人姉妹の流れのあとは その場の流れに任せたつもりが
夫群たちも それぞれ 長幼の流れにのる。
その後が圧巻だった。
誰の指図もなく 12人の子どもがその流れをくんで 次々に前に出る。
よどみなく。背後に何が起きているのだろうと思わせるほどに、
申し合わせもせず。月齢までも読み。
そして 最後から2番目になったとき 中学1年の若葉が愛ちゃんの手を引いて
並んだときには 思わず クールなお釈迦様も 思わず微笑むほどの温かさが 本堂に流れた。
二人並んで お行儀よく 手を合わせる。

あとで聞けば、本当は最後から2番目は 若葉と同い年の理子ちゃんだったそう。
それを 一瞬のアイコンタクトで、「愛ちゃんを連れていくから お先にどうぞ」と 
かわしたというから、なんとも出来すぎ。

法要と言うのは一族あげてのイベントだ。
とはいえ、リハーサルもなく ゆえに 成功も失敗もない。
けれど、期せずして、一族の調和をみたときに
なんとも言えぬその 達成感。
しかも その 本堂の空気と 読経と 鐘の音。
供養というのは、生きているものが 生きていることの喜びを ともに分かち合い、
先に死したものへ 感謝をささげるものかもしれない。
悼むものではなく。

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