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親友(2)


いのちをいただくいのちをいただく
(2009/05/11)
内田 美智子

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以前紹介した記事(←クリック)。
保育士懇親会で読んだ一冊。

もともと私は 自分で絵本を選んだり
購入したりということがないので
蔵書が増えるということはないのだけど、
こちらはそんな私がいただいて
とても 大切にしている絵本。

思い入れもあり、
以前 ブログにアップしたときに
もっと 書きたかったはずなのに
時期を過ぎて 書く タイミングを逸してしまった。

ところが ある 出来事で
やはり 強烈に この絵本のことを思い出し
書くタイミングを計っていたところに
スヌーピーさま 降臨で

いまこそ。
満を持して 書いてみる。

ある出来事とは この絵本


すみれ島 (新編・絵本平和のために)すみれ島 (新編・絵本平和のために)
(1991/12)
今西 祐行

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先週の絵本講師要請講座での 講演は
故中川正文先生(wiki←クリック)でした。

龍谷大学在学中に戦地に赴き、船で広島に帰還したのは原爆投下わずか3時間後。おびただしい死体が海に浮いている光景を目の当たりにした。
 生涯を児童文学の創作と児童文化の普及に努めることになったのは、花岡大学氏ら児童文学を志す龍谷大学の諸先輩に啓発されたことに加え、戦争の生々しい体験も、後の生き方を考える上で、大いに影響していることだろう。(龍谷人偉人伝)(←クリック)

私の父も長崎原爆の被爆者でした。
13歳の夏、父は田舎を離れ、長崎の市内の中学に通っていました。
長崎市は三菱造船所のお膝元。中学生も学徒動員で
三菱の兵器工場に借り出されていたと聞きます。
そして被曝。

親元を離れた13歳の少年が、
焼け爛れたマチで 焼け爛れたトモを探しまわる図を 想像して
ときどき泣きたくなります。

私もふたりの息子を持つ母であります。
わが子の13歳を思うとき
その むごさに いまでも胸が痛みます。

その父も10年ほど前 72歳でなくなりましたが
わたしは それは 原爆の後遺症ではなかったのかと
考えるようになりました。

最後の私との会話は
「がんばります」でした。

「がんばらんば」が口癖の父でしたから
父らしい言葉では あるのですが

父はなんのために だれのために
頑張っていたのかと 思うようになりました。

13歳でなくなった 友人たち。

すみれ島は特攻隊に散った若き命の物語でしたが、
舞台も九州の島と聞けば、思いが重なります。

VTR講演での最後に読んでくださったのが
このすみれ島 だったのです。


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つづく
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