アンドロイドなたけお(5)

研究室に寝泊りしているたけおが
最近良く顔を見せると思ったら
自宅近くの歯医者に通っているらしい。

オオーw(*゚o゚*)w

アンドロイドなたけおも
歯が痛むこともあるんだぁ。。


まあ そんなわけで
話す時間も おのずと増え
ここは やはり 気になる就職ネタを
ふってみる。


何せ この間
コンビニに夜食を買いにいった帰り、
足取り軽く 親子でならんで歩く
調子にあわせ


「ねえ たけおはいったい何になりたいの?」

と、かるーいタッチで聞いたところ
かるーいタッチで 返された

「仙人」

(;¬_¬)

母 一瞬 ひるむも
かるーいタッチを忘れずに

「あら いまでも、たけおは仙人みたいよ。
じゃあ なりたいものになれたんだぁ・・」

たけお 躊躇せず 即答。

「うん。まあ。だからいまの生活結構気に入ってる」

やばい・・
この草食どころか
かすみを食うような この
ぬるい感じに 満足してるのか

と思うが、
「概念になりたいといわれるよりは
仙人のほうが まだ人には近いか・・」

と、へんに自分を慰めた。

 とはいえ、師走も近づき
そろそろ 就職活動も始める学生が多い中
やはりその空気がない。

もうここは、過干渉ではなく
親の責任として 状況は聞く【べき】。

と、奮いたたせて、またしても聞いてみる。

「たけおは エントリーシートとか出さないの?」

   うん

「就職活動もしないの?」

   まあ

「就職活動しないで、就職できるの?」

   たぶん

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その根拠が やはりたけおだった






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ごりごりと(4)

一般受験にするか 指定校にするか
本人が最終的に 決めたのは おそらく
三年生の春くらいだっただろうか?

そのあたりは あまり記憶がないのだけど
なにしろ 学校見学は楽しかった。
ゴールデンウィークの大会を最後に
引退してからというもの
ひさしぶりに ゆっくりした時間で
母娘で都内の私大 あちこちを見にいった。

もう どの大学をみても
楽しいキャンパスライフが想像できて
娘のことながら うきうきした。

しかも もうその頃には
娘も指定校に決めていたので
これらの大学のうち
どこかには 行けると思うと
空クジなしのくじを引くみたいな
気分だった。


ふうこの高校の指定校推薦の選考システムは
推薦希望者を調査書の評定点の順に序列をつけ、
一位の人から推薦枠をとっていく。

二位の人は残った大学から
希望の大学を決定する。
以下 三位・・四位と繰り返す。

これを提出するのは夏休みの後で
一学期の成績で総合順位が出されるので
おおよその、見通しがつけるわけである。

そんなわけで、いろいろ大学を見学したあと
ふうこは 5大学にしぼって、希望を出して
そのひとつに推薦され
めでたく合格した。


というわけで またしても推薦。

お父さん 大喜び。



で、ふうこのごりごり生活も
終わるかと思ったら
なんのことはない
それは新しいごりごり生活のスタートなのでした。

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おせっちゃんにコメントもらって
あらためて数えてみたら
なんと この6年に
兄妹弟3人でのべ6回の受験がありました。

もう次から次なもので
総括することもなくここまできて
ようやく今年「ひと息ついたと思ったら
また来年は娘の院試が
待っているという。

ごりごりと(3)

つぎおの高校受験のくだりは 別の機会に書くとして、
ふうこの大学受験。

前の記事で 高校受験をシンプルだったと
表現したが、
それは 終わってしまったいまだからであって
それなりに ふうこの高校受験にもいろいろあった。

なにしろ 真面目に勉強する子だったから
私にしても 夫にしても
「結果を出させてあげたい」という
気持ちは 強い。

しかも 夫にいたっては
「どうしても 失敗だけはさせたくない」
という気持ちが 強かった。

志望ランクを下げてでも「前期で」というのを
熱望したのは 夫だったし、

私は夫の気持ちと 娘の気持ちの調整に悩んだ。

最終的には妥協ラインが見つかり
いまとなっては 「オールOK」ではあるのだけれど
私の中では 失敗したとしても
「チャレンジさせてあげたかった」
という気持ちが 残らなくもなかった。

だから大学受験のときは
彼女の気持ちを 優先させてあげたかったし、
そのための支援は 十分にするつもりだった。

支援といったって
せいぜい 予備校の授業料を
支払うくらいなのだけど
相変わらず 部活の忙しい彼女は
予備校に通う 時間の余裕もない。
ところが 卒業時の中学の先生の言葉は
まったくの 杞憂となり
校内での 成績はすこぶる良かった。

定期試験前になると 早めに計画を立て
部活休みを使って
もうそれは 熱心に勉強していた。

入学当初から 指定校推薦は
まったく意識することもなかったのだが
三年次に進級するとき
いよいよ 志望大学を考えるときになってようやく
「あら、これ指定校つかえるね」
といった感じだった。

そういえば 一度だけ
家族でゆれるような事件があった。
娘が大手の予備校にいきたいといったとき。
私は当初から応援していたが
夫の反応はまったく違っていて驚いた。

激昂して反対した。鬼のような形相で。

それは もう、いまでも理解不能なほど。
一生懸命勉強する姿は家族みんなみている。
反対する理由が 誰にも まったくわからなかった。
日ごろ怒ることのないふうこが
はじめて大声で
「なんでお兄ちゃんはよくて私は駄目なの?!」
と叫び、あとは 怒らない代わりに
父親に背を向けたまま
ぽろぽろぽろぽろ泣いた。

家族のいざこざには 口を出さないたけおも
そんな ふうこの 肩を抱きながら
父親にぶつかっていった。

「ふうこは 兄弟で誰よりも
一生懸命勉強してきたのに
なんで 反対するんだ!」

ふう子のまるまった背中をさすりながら
大声で 叫んでいたと思う。
ことばの最後は もう 泣き叫んでいた。
理不尽な父親に対する怒りで震えていた。

いま思い出すと たけおが
家族の前で 怒鳴ったのは
あれが 最後だった。

そのことだけが とても印象的で
その後の流れは よく覚えていない。
ただ わたしも 心底 怒っていたし、
まったく 夫が 理解できなかった。

で、当の夫はその日だか
翌日だかには
「いやあ 悪かった。悪かった
ふうこ 好きなようにしていいよ」

と、あっさりと手のひらを翻した。

家族みんな興ざめしたが
まあ 夫にも思うところはあったのだろう。

いまもって 真意はわからないし
当の 夫本人はもうそんなことが
あったことすら 忘れていると思う。

そんな人だ。

でもそんな父にも ふうこはとても優しい。
親子とはとても不思議だと思う。
(夫とはもとは他人の私にはわからないのか)

ふうこが頑張っていることを
一番知っているのもまた 父だから・・だろうか?

まあ 予備校を反対したのも およそ 普通の人間には
分からない 「ジ オヤゴコロ」が
あったのだろうとは 思う。

まったく 迷惑な話だが。

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ごりごりと(2)

ふうこの 高校受験は
とても シンプルだった

当時神奈川の公立は前期選抜という
自己推薦みたいなシステムがあり
内申点が高く 内申記載事項の多い生徒には
とても 有利なシステムだった。

ふうこは 志望校を一ランクさげて
前期選抜で 合格した。

つまり 面接だけ。

私立の併願校さえ受けずにすむので
2月上旬には 合格証を手にしていた。

ようやく時間の できたふうこと
デパートに いって
当時 流行っていた
イーストボーイのカラーシャツを
色違いで3枚と ネクタイ・リボン
ハイソックスに カーディガンと
調子にのって 買い物した。

校則のゆるい高校で
パーマも ピアスも
全然 OKだったというのに

入学したその年から 何故か
カラーシャツだけは 厳禁になり
もったいない買い物には なってしまったが
それでも とても ハッピーな春には 違いなかった。

ふだんに 歩く
横断歩道の しましまを
一段飛ばしに ぴょんぴょん
はねたくなるような 気分だった。


ところで 中学を卒業するとき
PTA役員の 歓送迎会の お酒の席で
お世話になった先生から

「ふうこは 高校では 
落ちこぼれるから、用心しとけ」

みたいなことを 酔って何度もくりかえされた。

ふうこのことを心配して
言ってくれてるのは わかるので、

笑ってやり過ごしたが
確かに ふうこの 勉強ぶりをみると
わからなくもない。

おそらく その先生からみた ふうこは
熱心で まじめで
とても 要領の悪い
生徒だったのだろうと思う。



ふうこは 高校に入ってからも
中学と あまり変わらない生活だった。

塾に行かなくなった分
深夜に帰宅ということはなくなったが
通学に一時間超は かかっていたし
やはり体育会の部活だったので
毎日 そこそこ遅かった。

二年になると やはり 部活のキャプテンになり
部をまとめるとともに 自分自身も
大会で 成績を出さないといけない プレッシャーに
苦しむようになった。
部屋から 嗚咽の漏れる夜も多かった。


そして 尊敬していた
部活の 先輩の不慮の死。

しかも その前日には
ふうこと 翌週の大会の
打ち合わせをしていたことが
余計に 彼女を苦しめたのではないかと
かなり 長い間 心配した。

とはいえ、そのころは
ふうこを 応援するよりは
そのしたの つぎおの高校受験と
それが 終わってからは
安堵のあまり すっかり 気が抜けて
自分自身の 気持ちを立て直すことに
一生懸命だった。


それくらい つぎおの
高校受験は 波乱万丈だった。


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親父酒房

この会合 木曜日に集まって
特別何をしてるわけでもないんですが
しいて言えば 酒飲んで くだまいてます。

(* ̄0 ̄*)ノ口 オカワリ!

そんなことで いいのか?
って 言われれば
まったくもって いいんです。

ちょっとした 異業種交流会で
地元のカリスマ美容師とか
設備屋の二代めとか
一日千食を出すラーメン屋の店長とか
ガソリンスタンドの所長とか
昨日はコンクリート建材屋の社長が来て
また 来週も来るらしい。
クレーン車の社長夫人も今日誘った。
面白そうだから 再来週あたり夫婦で来るかもだって。

なんか このメンバーがそろったら
親父さぼビルディング が建ちそう。

(⌒~⌒)ニンマリ


あとは・・

求ム
太っ腹の地主さんと
腕利きの 設計士さんと・・


ヾ(~∇~;) コレコレ


妄想炸裂 

  o(@^◇^@)oワクワク

夢は広がる 木曜親父会。



で ビル建てて 何するかって?

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やっぱり 木曜日に集まって
酒を飲むだけ ニャハハ(*^▽^*)












おやじさぼ始動!

まずはこれをご覧下さい

http://togiyasabo.blog.fc2.com/blog-entry-41.html

梅雨のこの時期に
ひそかにたくらみ

何度も かのおやじさまたちに
私のさぼの活動を 暴露したくても
なかなか 公表できませんでした。

ましてや この飲み会に
こんな ネーミングを用意していたなんて。

木曜会「おやじさぼ」
(はらの 脳内ネーミング)


本日定例の
木曜会の飲み会
ことさら 盛り上がった帰り道。


この会のリーダーおやじさまが

「せっかくの
この木曜会
もったいつけて
いいわけ考えて
言葉遊びで
うんちくたれて

ホームページでも立ち上げようぜ!!」

と ぶちかましてくださいました!!

なぬ?

ことばあそび?

承知いたしました。
はら 調子にのらせていただきます。

  ♪( ̄▽ ̄)ノ"

とりいそぎ 伽屋茶房の
ホームページ拡張させていただきます。


あべちゃんも もりちゃんも
ことのほか 喜んでくれると 思います。


嬉しいな~♪

繋がるって 嬉しいな~♪


さぼ も 三人が繋がるところから
生まれたんです。
この一年 色々な 経験ができて
夢が広がって
毎日 何が起こるか わからない 興奮に
満たされたんです。

で、この流れを

この泉区の地で
元気なおやじさまたちと つながれたら
何か生まれるかもしれないと
思ったのが 約半年前。

わたしが 声を出す前に
酔っ払いおやじが
叫んでくれたのです。

「この会を
でっかくして
全国に広げようぜ!」

酔っ払いの戯言と
笑う人は笑いなさい


私も一緒に笑います。

ヾ(@^▽^@)ノわはは


それでいいんです。

なんせ 楽しいんですから。



親父酒房」 始動します。


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ゴリゴリと

実は 我が家の三人の子どもたちには
たんたんくんはいません

たけおと つぎおは
自宅で勉強することは
ほとんど なかったし、

その多くの時間を
ネットゲームと漫画本に費やし
それでも そこそこの
成績を とってくるから

まあ
学校や 塾で勉強
我が家で 休養

というリズムでやっているんだろと
ものわかり良く
理解してあげていた。

でも 本人たちの話や
母友だちの 話を
総合的に 判断すれば
学校や 塾でも
ずいぶん いい加減に やっているんだな
とは うすうすは 気づいていた

「うすうす」というのは
自助努力で

そういう息子たちの学習態度に
フォーカスをあて

「もっとしっかり勉強しなさい」
゛(`ヘ´#) ムッキー

と言って 一生懸命
真面目に勉強するようにも
思えなかったし

だったら そこはあいまいに
心穏やかに 過ごしたほうが
お互いの平和かと

そこは もう老獪とも いえる作戦だった。



で、今回話題にしたいのは
娘 ふうこのこと

彼女は良く 勉強したし
大学生となった いまも
勉強している

それは もう たんたんと
というよりは


ごりごりと。


これは夫の表現なのだが

(たけおや つぎおは
あまり勉強しなくても
そこそこ 成績も取れたし
話をしていても 切れがある)

それに 比べ
ふう子は 切れこそ 良くないが


「薙刀のように ごりごりと
食い込んで 断ち割るような
力がある」

と評していた。


実際 彼女は兄や弟の
五倍は 勉強していたと思うし

その学習振りが
愚直で 貪欲だった。


だから わたしも
応援せずにはいられなかった。


中学生のとき
陸上部だった彼女は
早朝練習で6時半に家を出て
放課後練習を終え、
帰り着くのが 18時。
自宅に帰っても私は仕事なので
自分で 軽い夕食をとって 急いで塾に向かう。

帰ってくるのはいつも22時を回っており
それが週三日。
週末も通常練習に記録会や大会。
横浜市の強化選手に選ばれて、
早朝から 横浜国大グランドまで
通ったこともあった。

それでも 学校・塾の宿題をきっちりこなし、
キャプテンだった彼女は
部員の練習メニューも 作らされていた。

それに加えて
中学二年生までは ジャズダンスも習っていて
発表会前など ものすごいスケジュールだった。

ごりごりと ねばり強く勉強する姿を見ているだけに

「彼女の頑張りの結果がでますように」

といつも祈るような 気持ちだった。



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3歳児4歳児5歳児は違うぞ!

2歳児が笑ってなかったからといって

誰に 馬鹿にされたわけでもありませんが、

きっぱりと 申し上げます。


3歳児 4歳児 5歳児 6歳児には 大うけ!!


わざわざ !! つけてまで
話すことでも ないんですけどね。

原宿保育園 もう 通い始めて 半年過ぎればね
お互い 情もわくというか

もう チーム みたいなね。

あなた 読む人 わたし 笑う人

みたいな コミュニケーションて あるじゃないですか。


別に わたしたち 芸人じゃあ ないんですけど、

今日は つかみ よかったね

なーーんて 帰りの車の中で

反省会とか してるようじゃ まだまだで。



もう 読む人と 受ける人が 役割分担 みたいな。


アスリート と サポーター の関係に 似ているけれど ちょっと 違う。


え?わたし あなたたちに 読んであげてるつもりが 読まされてる?

主役はどっち?って いう 境地。




でも 聞き手が主役の 読み聞かせ





やっぱ さぼの 読み屋って すごくね?

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書き屋にも応援たのみます。











さぼってすごいヘ(ё_ё)ノ

いきなり 自慢です。



本日久しぶりに 原宿保育園で

「もーりーの元気もりもりイングリッシュ」でした。

いや あの2歳児さんの 瞳のあどけないこと。

不思議なもので

2歳児さん。

無表情なのです。

笑ってない。

でも 絶対 楽しんでくれてるのがわかる。

だって もう 微動だにせず 釘付け。


きっと 宇宙人を見てる感じなんだと思う。

あべちゃんや もりちゃんのこと。

私にだって 彼女らは 不思議星人に見えるんだから

2歳児の ピュアな瞳を もってすれば

そりゃあ 未確認不思議生命体に 見えて 当然だわ。



「この人たちは 何がどんだけ 楽しいんだろう?」



2歳児にして もう違和感が あるくらい

もりちゃん と あべちゃん 楽しんでました。



あ ごめん 私も。



で、なにが自慢なのかって?

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それくらい さぼは元気が出るってこと!
さぼ血中濃度満たされました。



読む

あべちゃんやもりちゃんにしても
べら先生にしても
(マルータ先生は別規格かも…(^w^) )
ひとみちゃんにしても
で、おせっちゃんにしても
絵本への愛が凄すぎて
それはもう我が家のたけおと変わらないくらい
異次元の世界なのだけど

自分自身がそこから与えられたモノを思うと
いやいや 私も十分同じ周波数で共鳴しあってるのかも

とかは思う。

でも私の中で絵本をコレクションしたい欲求もわかないし、
絵本を眺めながら、うっとり幸せになることはまずない。

ところで昨日いつもの中国整体院に行って治療が済んだところで
世間話に花が咲いた

40前後の目鼻のはっきりした綺麗な女性なのだが
施術の合間に日本語の勉強をしてると言う。

ビジネス日本語検定のテキストなど見せてもらったら
本文が会話風になっていた。

面白がって、
「読み合わせしましょう!」
と声をかけると
一瞬驚いて、喜んだ。

漢字にふりがなをふった日本語の日常会話を
カタコトだけど淀みなく読むが、
ことばには緊張感と興奮があった。

それは小学校一年生の子が生まれて始めて、
先生に指され、緊張しながら教科書の音読をするような。

4、5ページをそうやって、対話式に読み合わせたら、
とても喜んでくれた。

今週末、また治療も兼ねて、
読み合わせの指導に行く約束もした。

ちょっとわくわくする。

読むことがすきなんだな。

文字が好きで、ことばが好きで、日本語が好きなんだ。


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ワークショップ「マムさぼ」のご案内

●ワークショップ『マムさぼ』
(子どもの意欲を引き出すコミュニケーション)のご案内●

********

皆さまこんにちは。
日頃よりご理解ご協力いただき感謝申し上げます。
さて、学校ではゆとり教育も移行措置を終え、カリキュラムは大きく変化しました。それに伴い、学校あるいは家庭における学習や、子育てのご相談をいろいろな場面で受けることが増えてまいりました。またこちらに通う子どもたち自身も、さまざまなストレスのなかで、思わずその悩みを吐露することも少なくありません。
とはいえ、なかなかお役にたてるのは難しく、その一助になればという思いで、このたび子育てのワークショップ「マムさぼ」を立ち上げることにいたしました。

ひと月に1度のペースで、講師を招いて『親子のコミュニケーション』を見つめ直し、それによって子どものやる気を引き出すメソッドを、ご一緒に考えてまいりたいと思います。

初回(全5回)は絵本の読み聞かせ(コンサートリーディング)とともに、和やかにスタートしてまいりたいと思ってます。

■日程11月13日(火)
10時~12時
その後茶話会(軽食)をまじえながら、12時40分終了予定。

■会場 テアトルフォンテ会議室

■会費2000円
(ただし初回のみ500円)

ご興味のある方はご連絡ください。
また、子育てのシーンばかりでなく、お母さまご自身の学びの場として、あるいは心のメンテナンスとしてご活用くださいませ。また教室のお母さまのみならず、今後広くご案内する予定です。興味・関心のあるお友だちがいらっしゃれば、お知らせくださいませ。



*初回のテーマは『聴く』です

「あなたはお子さんの話しをきちんと聴いていますか?」

ぜひあなたのお話をお聴かせせください



********

『マムさぼ』は、「マム」(=mom ママ)と、私が所属する絵本の読み聞かせのサークル名「さぼ」からとりました。

最後までお読みいただき有り難うございました


:ご案内覚書:

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たけおの白いトレーナー

同じく産後のはなし。

11月末に次男は生まれたから
すぐにやってきた たけおの幼稚園の
クリスマス発表会。


たけおは 早生まれなので
3歳になってすぐ 年少さんから 通い始め、
あまり手のかからない子ではあったけど

それでも 幼いことには 違いなかった。
クリスマス発表会の日は まだ4歳になってなかった。


たけおの初めてのクリスマス会のお役は
うさぎのダンスで
3羽のうさぎが 舞台で 
かわいらしいダンスを披露する。

この園は 大型幼稚園で 園児300人を超える。
発表会ともなると
観客は両親祖父母で ものすごい人数になる。

観客も多ければ 保護者の準備の力もはいる、
熱心な幼稚園だった。

衣装として 白いトレーナーと 白いタイツ を
準備するように お手紙があった。
退院してまもなくで 記憶もあいまいだけど。

近所で洋服を売るところもなく
産後すぐで 遠出のお買い物にもいけない。
二十数年前は ネットショッピングも当然ない。

母に電話して頼んだら 母も怪我の養生中で断られた。

夫にも頼めなかった。

しかたがないので はな姉ちゃんに頼んで

宅配で送ってもらった。


白いトレーナー。

それだけの情報で こ洒落たコムサのトレーナーを

おくってくれたのはいいが

これが 小さかった。

(もちろん はな姉ちゃんの ミスではない)

私自身が 園からの お便りで
白いトレーナーとしか
聞かされてなかったし。


ところが うさぎちゃんの コスチュームは
たっぷりとした トレーナーにタイツ。

だったらしい。

つまり ズボンを はかせないわけ。


その日のクリスマス会のスナップ。

夫がひとりで観にいって 写真を一枚とってきてくれた。


たけおの 表情は色白でふっくらして とても優しい。
上半身は 長い耳のかぶりものをした
かわいらしいうさぎさんなのだが、

トレーナーはへそ下までしか とどかず

下半身の白タイツからは
パンツに描かれた
キャラクターが透けそうだった。



二羽の ほっくり ふっくらとした

うさぎさんの横で

たけおだけが

下半身の毛を むしりとられた

白うさぎのようで

わたしは ひとり泣き笑いした。



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がんばったね たけお



おせっちゃんのコメント

おせっかいなおばさんのブログにコメントしたらこんなコメ返しをもらいました

>みんなおむつしてますね
>SS M Big
>サイズ違い
>みたいな

末の息子つぎおが生まれたときに
産後の世話をしてくれる人がいなくて
二週間ほど預かってくれる保育園を
探していたころのことです

あてにしていた母は骨折し
義母は実父の危篤で
夫は退院した翌日から出勤で

一人で三人の子どもの世話をしなければなりませんでした。
新生児と1歳児と3歳児。

泣きながら産院で
保育園を探したんですよね

2週間ほどの短期の間だけ
1歳10ヶ月女児の保育をしてくれて
しかも 自宅からの徒歩圏で
というと限られていて。

無理無理 無認可の保育園にお願いして
こちらの状況に同情してくださって
お引き受けくださったのでした。

自分の体がたいへんというよりは
無理をして 倒れてしまっては
それこそ わが子の世話をしてくれる
人が 誰もいない

近所のお友達は とても親切だったけれど
みなさん 同じように小さなお子さんが いらっしゃって、
より良い関係を 続けたいからこそ
甘えすぎてはいけない。


2歳になる前のふうこは
真っ青な顔で 保育園に手をひかれ

その顔が 切なくて、
それを 振り払うように

「がんばらなくちゃ。がんばらなくちゃ。」
と呪文のように繰り返しながら、
掃除機をかけていた あの頃の
シーンが いまでも よみがえります。

子育てに一生懸命だったなあ

あの頃。



スリーサイズの オムツか・・。

「がんばったね わたし」

あのころの 自分を
ほめてあげたい。



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それが いまでは 
この ふてぶてしさ

(〃⌒ー⌒)/どもっ♪





 

たんたんと タンタンと

マムさぼ は さぼらしく
絵本の読み聞かせを 盛り込んだ
セミナーに したいと思います。

たんたんと タンタンと

「学びは 遊び」ってね。


つまりね、こんな感じ


タンタンの ハンカチ (ちいさいえほん(28))タンタンの ハンカチ (ちいさいえほん(28))
(1981/08)
いわむら かずお

商品詳細を見る


おおきくな~れ
ハンカチ カーチカチ♪





セミナーというのは
学ぶために いくわけなんですけど

それって 成長とか変化とか
そういう ことでしょ?

もりちゃんの マムは学ぶというより
取り戻すという感じ。


自分は どんな人間で
何を大切にしていて
これから どうなりたいか?

本来の自分を取り戻す。
だから 変化とはちょっと違う感じ。



迷いとか 悩みって
見えないから 不安なんですよね
または 見たくないから


で、意外に

直視すれば 
「なーんだ こんなもんか」
ってこともある

でも

人が
「なーんだ こんなもんか」

って思うものが
その人にとっては

一番大切なもの

っていうこと。


自分の不安がどこからやってきて
でも そのせいで
自分というものが
ここまで 作られてきたのなら

その 不安に 向き合って

いままで有難う と いってみたい。


赤いハンカチは 子どものころの
夕焼け

でも きょうの

私の街にも

あたりまえに 広がる

夕焼け  なのであります


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たたたたたんたん たんたんと

おせっちゃんちの 長男くんは

たたたたたんたん たんたん くんでしたか。


いやあ それは おめでたい!

オメデト! ^-^)ノ☆.。・:*:・゚`☆、。・:*:・゚`★.。・:*:・゚`☆.。・:☆♪

 VIVA たんたん♪


なんですか?

やっぱり コツは

「放置」ですか?


いやいや 失礼!

ヾ(^-^;) ゴメンゴメン



それは きっと 「待つ」ということなんでしょうね。

 「待つ」 (←珠玉のメッセージをクリック




おせっちゃんのブログを読み終わるまで

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わたしも「待つ」




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