スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

2017年春

民間3回、子どもゆめ基金5回。
通算8回の助成金で運営しておりましたさぼの活動ですが、本年度から助成がなくなります。
助成はあくまでも、事業が軌道に乗るためのお手伝いであるわけですから、独り立ちを迫られているということでしょうか。

実は私のこの読み聞かせの活動の根底には、2011年の震災より前、2000年に始まりいまは終焉を迎えた、ゆとり教育にありました。

当時、三人の子どもはみな小学生。
指導要領が改定され、総合学習という名のもと、学習内容削減というニュースにひどく怯えました。学校という公的教育機関が、(私が考える)十分な指導をしてくれないのであれば、民間の塾に頼るしかないのではないか?私立中高一貫校でないと、子どもたちの将来は一体どうなるのだろうか?と。

当時専業主婦だった私は、三人の今後かかるであろう学費を試算して、半ばノイローゼのように思い詰めました。

私が子どもたちに与えたいと思った教育は特別なものではありません。私が九州の田舎で当たり前に受けていた、公教育です。ところが、日本の西の端っこで受けていた教育を30年後、この神奈川で享受しようと思うと一人当たり約500万から1000万の教育費の上積みが必要となります。しかも、それは塾頼み、私学頼みとも思われました。

私は三人の子どもたちが、存分に満足する教育を受けさせるために、母親が自助努力で出来ることもあるのではないかと模索し、葛藤し、行動を起こしました。


(画像は5年前。娘の成人式の三兄弟の記念写真。留学から激太りで帰ってきて、これでも痩せたほう。顔がパンパン)
スポンサーサイト

桜咲く咲く さくさくさくら



今日は次男つぎおの大学卒業式です。昨日から夫も帰ってきて、夜は家族でお祝いする予定です。久しぶりに5人で集まるのが楽しみで朝からわくわくしてます。

長男たけおや娘ふうこの写真が見たくなって古いブログを開いてみました。


あら、意外に画像がないことにびっくり!



震災があって、読み聞かせボランティアを始めて、それ以来、ずっと自分のことに一生懸命だったことがよくわかりますね。

トライアル & エラー

アンドロイドな長男タケオのことばも懐かしい

彼が新卒で入社して一年。

この、トライアル & エラーで
コミニュケーションの微調整を
迫られてきたと思う。

野心とか 評価とかに興味がなく
興味がないと きっぱり
言い切るところをが、
やはり、そこから逃れることを
意識してるともいえる こだわりを見せ
すったもんだの就活を終え。
入社二度目のさくら。



桜は昔から好きだったけど、
桜をみて、涙が出るほどの思いに
なったのは、この頃からかもしれない。
長男大学入学の春。

当日、二男つぎおも、怒涛の中学生活で
長男の受験は本人任せ
心が凍る出来事もあったのに
ぼんぼり状に咲くソメイヨシノの
ほっこりとあったかいこと。

「働くことに興味ないから
忙しくても、大変でも
とりあえず、働けばいいんでしょ」

霞を食うような暮らしを
望むタケオが
「とりあえず働く」ことの難しさを知り。


初めてだと思う。
他人に相談したのは。
いつでも、大変なときが行き過ぎるのを
待つだけだったから。

相談したということが
彼の中の初めての調整。

トライアル アンドエラー。

やってみて、だめだったら、
微調整だよね。

こちらをお訪ねくださった方のために

ご無沙汰してます。
こちらを訪ねるのは久しぶりです。

えほんの森ことばの泉cafe 以後、sabo cafe準備に追われてました。
で、ずいぶん整いました。
DSC04042.jpg

ほんとは上の画像よりさらに、充実しています。
そして、稼動しています。
なんせ、さぼのメンバーふたりが、SNSに頼らないコミニュケーションというものに
こだわるもので、書き屋的にも 発信が途切れがちでした。

ここでは、こんな感じで昼に夜にと
読み聞かせが行われているのであります。
DSC04060.jpg

いまのイベントは

①桃色の絵本を読む日
②やまはらたかみの英語de絵本
③エルBABY教室
④「ことりとさくらのおはなし会」

後日、日程等告知させていただきます。


人気ブログランキングへ(←応援ぽちよろしくお願いします)
店長ブログを目指してみます

野望

最近、娘と二人でこのことばをよく使う。
これは、湊かなえ原作「Nのために」というTBSドラマでよく使われるワードなのだが、
面白がって使ってるうちに、だんだんその気になってくる。
もちろんいまの私の野望は、えほんの森ことばの泉カフェ
えほんの森ことばの泉CAFE 
http://ehoncafesabo.blog.fc2.com/

を成功させることだ。
で、娘の野望はサマクラに合格することらしい。
このサマクラとはサマークラークの略で
大手法律事務所で夏季休暇中に行われるインターンシップのこと。
ただ、インターンシップと違うのは、給与が発生することらしい。
当然 優秀な学生しか採用されず、それゆえ、彼女にとっては「野望」なのである。

ところが、いいニュース続きの我が家にまたしても、幸運が舞い込んだ。
ふうこに大学の春季休暇のチューターのお声がかかったのだ。
ロースクールを目指す学部生を指導するものらしいが、
このチューターもやはり、報酬を得ながら、学生を指導するというバイトのようなもの。
指導にあたって、自らもより深い勉強が出来るから、一石二鳥。
しかも、3時間で1万円の高待遇だという。

サマクラが半歩近づいた感じ。

『野望』を、『無謀』にしないためには、この半歩ずつの匍匐前進なんだなぁ。

そう言えば、今朝方、「ことりとハープのおはなし会」のお申し込みが1件入った。
お申し込みのお礼とカフェの近況を報告すると、楽しみにしてます。との声。
手探りで歩くような中、こういう声を、聞くと、暗闇に光明をみる思いだ。

この声に押されて、私も今日、半歩進んだ感。

人気ブログランキングへ(←応援ぽちよろしくお願いします)
IMG_0606.jpg

寺の娘の名前(3)

友人宅の有形文化財のニュースもそうだがが、このところ嬉しいことが多い。
十三回忌が一つの節目であったのか、気持ちが空くような思いである。
こういうとき、私たち夫婦では
「順序がつく」という表現をしてきた。

物の道理がかなって、事態、感情の整理がついた状態のこと。仏法にかなっている。という意味合いで使ってきたのだけど、いま調べてみたところ、ことバンクには、載ってないことを知った。

これは、どこからか聞いてきた夫が最初に用い、その語呂合いが私も気に入り、夫婦で使ってきた、造語なのだと知る。
では、他のことばで表そうとしても、このことば以上にしっくりこない。

この「順序」というのは
神仏法、つまり、人智を超えたところでの絶対、みことのり。というようなニュアンスなのである。

例えば、養老孟司が「馬鹿の壁」で語った、日差しを浴びるための木の葉の配列の絶対。完全の美。
それは、化学や数学といったものを計算されつくされた結果生ずる、機能美であるはずなのに、それを計算出来るコンピュータがすでにあの透けるようなひとひらの葉に内蔵されていることの畏怖。

そう言えば、わたしは今年の春に50歳になった。

五十而知天命

25歳で結婚し、子をなし、
その子が25歳となる今年、銀婚式を迎えた。
25年の節目という気持ちが大変強い。
五十歳。天命を知ったというには、おこがましいが、この、順序がついたという心境がもしそれならば、まさしく、五十にして知命。

25年が一つの区切りならば、いま新しく始まったばかり。しかも次の節目がやはり25年後ならば、あせることは何もない。

順序がつくのはこの先、25年後と思えば、
いまは、生まれたの赤子が
小さな握りこぶしを 日の光に透かすようなものだ。


人気ブログランキングへ(←応援ぽちよろしくお願いします)

寺の娘の名前(2)

実は私は、この寺の娘とは
幼い頃に、2、3回会った程度である。
彼女が「すごい」というのは
仲間内での情報が
わたしの中で 偶像化されてるだけだから、
じゃあ、何がすごいのかは、わからない。

でも、仲間みんながすごいといって
かの菩薩のなんぶうですら
たじたじになるんだから、
やはりそりゃあすごそうだ。

そもそも、孔子にしたって
キリストにしたって
そもそも仏陀にしたって、

本人自らが自分のことばで
何か書物なり、経典なりを
したためたわけではなかろう。

孔子には荘子や老子が
キリストにはパウロやヨハネが
仏陀においても
その死後に、弟子たちで経典をまとめたものである。

つまり、何が言いたいのかというと、
いまは、「なんかすごい」くらいの
イメージ戦略で十分。

「なんかわからないけど、すごそう」

亜希ちゃんには その スケールのでかさを
大切にして欲しい と 切に願う。

寺の娘の寺子屋。

学びの原点回帰を期待してやまない。

それでも、ぜひ、世界を見てきてほしい。
日本の小ささをみて
日本の偉大さを感じてほしい


そういえば、先週末の実家でこんなニュースが飛び込んだ

長崎市の料亭春海が国の有形文化財に答申されたというニュース。
http://www.pref.nagasaki.jp/press-contents/170138/

この春海の末娘と私は大学のゼミが同じで
しかも、たった2人のゼミ生。

ゼミの忘年会をこの料亭でお願いしたり
何かと遊びに行ったりと、
実にぜいたくな午後の茶会を楽しませていただいた。
つねづね、素晴らしいなあとはおもっていたけれど
文化財に指定されるとは。

と、こんなふうに
スケールがでかすぎると
そばにいても、
いや、そばにあったからこそ
気づかないという話。



3年ほど前、忘年会も佳境の師走の土曜日に
夫と二人、この、貴賓室を使わせていただいた。
仲居さんのお話でもなかなか、この部屋は取れないとのこと。
と、いまさら、たじろぐ。





人気ブログランキングへ(←応援ぽちよろしくお願いします)

寺の娘の名前

話は西の果ての長崎より 突然移るが
こちら
ブリックスクエア3
丸の内ブリックスクエア。

ここで、今年の5月。
やはり望郷の景色の一部である親友 なんぶうと会った。
なんぶうの紹介は こちら(←クリック
というか、某ホテルラウンジで アフタヌーンティーを楽しんだあと、
丸の内界隈を歩いて 私の一押しスポットということで
ここに立ち寄った。

ここで 父の話や家族のはなしをひとしきり聞いてもらったあと、
また 少し歩いた。

ブリックスクエア2

いくつかの交差点を過ぎ
横断歩道を早足でわたりながら
彼女の娘の 名前の話になった。

そこにいたる会話はまったく覚えてないのだけど、
彼女の娘の名前をつけたのは
ご主人 良明和尚であること。
その名前の 由来がとても チャーミングだったことだけが
ずっと 頭に残っている。
けれど チャーミングだったことだけが
残っているので あって それ自体が
なんだったかは うろ覚えだ。
それでも、丸の内を 旧友と闊歩し
日本の真ん中で 娘の誕生の由来を語った エピソードは
きっと その娘が 大成した後には
わたしの 自慢話になるだろうから
うそ八百でも並べて 書いてみる。

ブリックスクエア

その寺の娘の名前は「亜希」という。
亜は二番目という意味を持つ。希は希望。

どれほど慈愛の心が深くとも まずは一番は自分。
自分を愛し、自分を大切にするべく生きるのは自明の理。
「そこをあえて 自分以外のもの、
二番目の人のために 希望となりなさい。」

良明和尚が娘に託した思いである。
「まずは一番は自分で当たり前」
とうのが、潔くっていいじゃないか!
いきなり
「誰かのために 尽くせよ」
なーんて 言われたら かえって嘘っぽくなる。
むしろ、二番目のもののために というところに
「自分を大切に」という 本来の親の願いが
際立つところが 圧巻だと 私は思う。

そして、自分を満たしてなお あまりある エネルギーを
つぎは 惜しみなく あまねく ひとびとのために つくせよ

実に壮大な力を感じたのだった。

そして その 娘というのが
それを 期待させるような 娘なのだ。

まあ、そのようなことを 感動しながら
次のレストランにそなえて
お腹一杯になった 腹をすかせるために 
わたしたち ふたりは足早に歩いた。


人気ブログランキングへ(←応援ぽちよろしくお願いします)
東京でも いま とっても熱い丸の内界隈で
その 話題が出たことの 因果はきっともっと先にわかる。




父の十三回忌(3)

御斎も全員で壮大に盛り上がった。
和気藹々、あんなに人の笑顔のこぼれてとまらない集まりを
これまでみたことがない。
子どもも大人も大きな声で歓声をあげて笑ってたが
夫のはからいで ひとりひとり
子どもたちにおじいちゃんの思い出話をさせると
私たち娘は むせび泣くしかなかった。
子らが語る 思い出の父が あまりにも鮮明によみがえってきて
その 懐かしさに リアルな残像が
胸にせまった。

次は わたしたち姉妹に 「父の思い出を」とふられたとき
涙ではなせなくなった私をみて
たけおが すっくと立ち上がった。

母に代わってと話し始め、最後は
「私たちみんなを愛してくれたおじいちゃんなので
これからも いとこ同士仲良くしていきます」
と まとめたときには 父がすぐそばで
満面の笑顔で 微笑んだような気がした。

父は・・娘がいうのもなんだが、
どこにでもいる 小物だった。
小物というと失礼千万 親不孝な娘であるが
やはり そのへんのどこにでもいる 小物だった。

けれど その小物だったと思っていた父が
これだけの 身内をひきつけるほどに愛されていたことを
亡くなったいま しかも 12年たったいま 思い知らされた。

そして、そのことが何より 嬉しくて、
ボランティアをしたり 誰かのために祈ってたりしていた自分が
よほど小さく感じ、
もうここに集まる家族の笑顔だけで すべて満たされたような気さえして
あとは 残りの人生 もう何もなさずして 終わったとしても
本懐を遂げたような 心持ちにすらなった。

子どもたちだけで (8歳から25歳の幅はあるが) カラオケにいった。
つぎおより 年長組がちょうど半分6人いるのだが
その6人で 幼い頃流行ったアニソンでめちゃめちゃ盛り上がり
年少組みは あっけにとられるほどだったらしい。

帰ってきたふうこが 何度も何度も
「楽しかった!子どものころを思い出した!無心に遊んだ子どもの頃を思い出した」
と興奮していた。
私たち親子は たけおが小学校高学年になるまで毎年、
欠かすことなく 夏休みはびっしり数週間 里帰りしていた。
毎日毎日 いとこと遊び、父は山や川やプールへと連れていってくれた。
横浜で生まれ、育ったけれども
父のいるこの場所が わたしの子らにとっても ふるさとなのだと思った。
kounoura.jpg


人気ブログランキングへ(←応援ぽちよろしくお願いします)

父の十三回忌(2)

この父の法要はひと様にはともかく
私たち身内にとっては どんな文豪、映画監督がなす
ドラマよりも ドラマチックだった。
それくらい繊細な 心持ちに もどってしまっただけかもしれないけれど。

tera.jpg


二十一人がお寺の本堂にならぶ。
前列、母を中心に私たち姉妹が二人ずつに別れ、母を囲む。
あとは思い思いに。
子どもたちは一番上が25歳のたけおで 年少が小学3年生の愛ちゃん。
読経が始まり、住職の合図で焼香が始まる。
母から4人姉妹の流れのあとは その場の流れに任せたつもりが
夫群たちも それぞれ 長幼の流れにのる。
その後が圧巻だった。
誰の指図もなく 12人の子どもがその流れをくんで 次々に前に出る。
よどみなく。背後に何が起きているのだろうと思わせるほどに、
申し合わせもせず。月齢までも読み。
そして 最後から2番目になったとき 中学1年の若葉が愛ちゃんの手を引いて
並んだときには 思わず クールなお釈迦様も 思わず微笑むほどの温かさが 本堂に流れた。
二人並んで お行儀よく 手を合わせる。

あとで聞けば、本当は最後から2番目は 若葉と同い年の理子ちゃんだったそう。
それを 一瞬のアイコンタクトで、「愛ちゃんを連れていくから お先にどうぞ」と 
かわしたというから、なんとも出来すぎ。

法要と言うのは一族あげてのイベントだ。
とはいえ、リハーサルもなく ゆえに 成功も失敗もない。
けれど、期せずして、一族の調和をみたときに
なんとも言えぬその 達成感。
しかも その 本堂の空気と 読経と 鐘の音。
供養というのは、生きているものが 生きていることの喜びを ともに分かち合い、
先に死したものへ 感謝をささげるものかもしれない。
悼むものではなく。

人気ブログランキングへ(←応援ぽちよろしくお願いします)

最新コメント
カテゴリ
カレンダー
09 | 2017/10 | 11
1 2 3 4 5 6 7
8 9 10 11 12 13 14
15 16 17 18 19 20 21
22 23 24 25 26 27 28
29 30 31 - - - -
カウンター
検索フォーム
ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる

上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。